90年前の大阪

2015.05.12.Tue.19:09
随分前に買っていた大正14年の古地図を取り出します。

B1版というのでしょうか、B5サイズが16枚分のサイズです。
こいつを、16分割してスキャナで取り込んで、一つにつなげてみました。
普段畳んであるので、しっかり伸ばしてスキャンしても、どうしてもズレは出てきます。それを誤魔化して1枚にしたのがこれ。

大正14年大阪地図

当時は13区だったことがわかります。「西淀川区」と「此花区」で現在の福島区を訳あっている感じかな。
「東淀川区」は現在の淀川区ほぼ全域に加え、淀川の南、現在の北区の一部(天六以北)あたりまで張り出していたようです。
その「北区」は今の都島区の一部を取り込んで、残りの都島区、旭区、鶴見区、東成区、生野区を合わせたのが当時の「東成区」。こちらは現在維新の会が提唱している東区に近い区域です。

それに対して、今の住之江区、住吉区、東住吉区、阿倍野区、平野区という広大な地域をカバーしていたのが、当時の「住吉区」。こちらは現在維新の会が提唱している南区に近いです。

当時の「東区」と「南区」を合わせたのが現在の中央区。これって比較的最近だったような気がします。「天王寺区」、「浪速区」、「西区」、「西成区」はだいたい今と一緒かな。

今の港区と大正区を合わせたのが、当時の「港区」。
大阪湾に顎のように突き出ている南港は影も形もありません。

おおざっぱですが、これが当時の「大大阪13區」


大正14年という事は、関東大震災の二年後。
多分、大阪が日本で一番人口の多かった頃です。(遠い目)
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